有ると無い 数えてみれば 有る多い 偏人
本当は お任せします 違うよね 偏人
興味がないわけではないがどうしても趣味嗜好にならないもの。競馬、パチンコ、将棋、囲碁、ゴルフでニギリ(賭け)、麻雀、広義ではいわゆる博才、そのセンスDNAがない。ワクワク感を知らず男の楽しみ、常識がないように云われることも。「吉永さんは暇な時に何をやってるんですか」と同僚に呆れられた。絵を描けないが鑑賞するのは好きだ。がキライではないというレベル。読売新聞9月12日朝刊は高島野十郎(やじゅうろう)を特集した。千葉県の柏市が終焉の地。孤高の画業と生涯に関心が沸く。人間模様、歴史好きと共通する。
ピカソの絵の前で、あぶら汗が流れ、かね縛りにあったように足が動かないのはよほどの感性だろう。私にはまあなんとヘンな抽象画、でしかない。高島野十郎(左の水連)は具象でわかりやすくキャンバスには濃密な何かが描きこまれている。練馬区に美術館があるいわさきちひろの水彩画(右、おかあさん)には優しさのエキスが掬いとられている。そこまではわかる。「なにか」や「エキス」を目で感知できず、あとは解説文を味わうのが楽しみ。
二人の画家にあったのはくるおしいほどの情念であろう。情念は理性も世間知も蹴飛ばす。生きるとは人々との交流ではなく描くことだった。低次元私のブログもいくばくかの情念はあるが「あんたも好きねえ」のあたり。高島野十郎サイトの絵は選びぬかれ、解説も読みごたえがありそう。美術同好会のHPを作った経験で楽屋裏、Web表現技術に興味がある。ちひろ享年55、野十郎享年85、無為の黄昏凡愚にはもう遅いようなまだ先があるような。
備忘録
ネットから借用した画像を連結した。いわさきちひろの絵はトリミングまわりの空白をカット。原画とは似ても似つかないことをお詫びします。かつてFacebookをにぎわしていた「カンパーイ。盛り上がってます。」笑顔ビール写真が消えた。孫がこんなにかわいいです写真は発信者のくつろぎか。25年も前、家族写真をHPに載せてひんしゅくをかった時代から隔世の感(パスワードの奥に隠す)。SNSの流れとしては、Facebookの利用者がやや高齢化し若者とくに女性はInstagramにインスタ映えのする写真とコメント数行のようだ。自分のことでないが、Facebookのいいね個数やフォロワー数と「自分が読みたいと思う中身」とはまったく一致しない。「いいね一つ」でもびっくりするような濃い投稿がある。
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